勉強は焦らせないで、気づかせて。
勉強自体は、本来良いも悪いもありません。
「勉強はすき、きらい」の印象は、
その人の経験や心の中の記憶などによって、
意味づけられます。
例えば、百科事典をほしくてたまらない子どもに
百科事典を買ってあげた場合と、
ほしくもない百科事典が買い揃えてある場合では、
勉強に対する子どもの印象はどうでしょう?
前者の子どもは、買ってもらった百科事典を喜んで読みまくるでしょう。
後者の子どもは、興味を持てず見向きもしないかもしれません。
むしろ、それを負担に思うかもしれません。
親は、子どもの自我の成長により、
中学生ごろから子どもに言う事をきかせることができなくなります。
しかし、どこかでつながっています。
勉強を子どもにやらせる以前に、
親が自らを改め、夫婦が明るく仲良くなると、
勉強の必要性や大切さを
子ども本人が自覚する機会が
自然と与えられます。
心に余裕が無ければ勉強もできません。
環境を整えてあげることが、親のできることかもしれません。
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