勉強が労働になっていませんか?
勉強は読んで字のごとく
「つとめ、しいる」と書きます。
本来は気が進まないことを
仕方なくする意味だったそうです。
しかし、明治以降、知識を得るために努力することが
美徳とされるようになったことから、
「勉強」は「学習」とほぼ同じ意味で使われるようになりました。
「勉める」は、「困難に耐えて努力する、無理をしてでも励むこと」、
「強いる」は、「むりにやらせる、強制すること」を意味します。
大事なのは、誰が誰につとめしいるのか?です。
生活していくために仕方なく労働するように、
他の誰かに強いられて、嫌々ながら勉強をやっている人も
いるかもしれません(かつての私もそうでした)。
嫌だけどやらなければいけないから、
割り切って仕事としてやる人もいるでしょう。
しかし、勉強をやらせられていく中で、
自分なりの発見や驚きを通して、勉強の達成感や面白さを見つける。
そして、それを探究していく中で、
自分で自分に強いることで、自分の能力を上げたり、可能性を広げていける。
そんなふうに勉強ができるといいですね。
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